2008年6月2日月曜日

じっくり語り語られてみよう 九

爽快・楽しくなる動画 RDG氏提唱のじっくり語り語られてみようというこの企画。
青い空、白い雲、じっと我が手を見る(謎

エントリーNo.09


まずはご本人の要望を確認。
【語り視点の注文】
 「AMV」と「MADPV」の違いについて。 そしてその融合/離別について。

■ 語ってほしいポイント
ニコマスには、「コラボPV」と呼ばれるジャンルの作品群があり、ニコマスの大きな柱のひとつとなっていることは、無論みなさんご認識済みだと思います。これらは基本的に「AMV」といえるものです。が、初期のそれには、そのなかに「MADビデオ」といえる面白さがあったことが、ニコマスコラボPV興盛のひとつの重要な芯だったと僕は考えています。

たとえば「シンクロ」という言葉がむやみに語られるのも、それはやはり捏造物としての面白さ(「法螺話のデキの良さ」といってもいいでしょう)を評価する気分が在るが為のことではないでしょうか。

ここで、AMVとMADPV という言葉のこの文章での定義を述べておきます。
・AMV は、まず一義としてMTV作品である、つまり、音楽世界や歌い手の世界を伝えること、を作品のメインの柱とする作品のこと。つまり、やはりPV自体が目的であって、決して「ウソ」を目指したものでは無いもの。
・MADPV はそうではなく、一義にやはり捏造・ウソのおもしろさが柱としてあって、むしろ音楽は「よくできたウソの面白さ」を伝えるための道具であったりするのもの。

拙作で例示させていただき恐縮ですが、
 ・非常にAMV的なもの → http://www.nicovideo.jp/watch/sm3347900
 ・非常にMAD的なもの → http://www.nicovideo.jp/watch/sm3347900
と見比べていただくとご理解が早いかと思います。


さて、昨今、「ニコマス「PV」」はほぼAMVの方向へどんどん収束していっていて、MAD性が非常に希薄になって来ているように見えます。作り手としては、MAD性・AMV性のどちらかに思い切り振って注力したほうが、完成度が高いアウトプットが出しやすいため、デキのよさを求められる昨今のニコマス界の要求に答えてそういう流れになっていったのではないかと思います。

(また、いわゆる架空戦記の氾濫、捏造コミュやネタMADの先鋭化、など、「「PV」以外のニコマスの流れ」は、この流れを逆サイドから見たものだと感じます。混沌と混ざっていたものが分化していって流出している、といいましょうか。)

でも、やっぱり、両者を分化させてしまうよりも、両者が上手く混ざっているまま作りこんでいくほうがきっと面白いんじゃないか。僕は、そう思っています。(それはとても難しい事なのかもしれませんけれど) 今回語っていただきたい作品においては、その融合(再融合?)・・・を特に意識して目指してみたつもりです。

さてここで、みなさんには、
 1) その試みは成功していると見れるか、失敗していると見れるか、
 2) そもそも、その方法論はイケてる方法なのか、それともイケてない方法なのか、
 3) そしてそのどちらであるにしても、それはなぜなのか。
などを、是非語って欲しいな、と思います。

できればこのMAD単体のことにとどまらず、いろんなMAD、いろんなPV、ニコマスそのもの、なども絡めて語っていただけるとさらにいいのかな、とも思います。

以上です。
もちろん、上記ポイント以外にも、この作品についてなんでも語っていただければ、また幸いです。

AMVとMADPVの違いですか。
楽曲が主役で、それを引き立てるために動画を構築するのがAMV的なアプローチ。結果として何らかの感情を視聴者に抱かせることになるかもしれない。
視聴者に、作者が狙った感情(喜怒哀楽等)を抱かせるために全てが構築されるのがMADPV的なアプローチ。
目的のためには手段を選ばない。
私の言葉で書くとこんな感じでしょうか。

AMVの定義が本来から転倒している気もしますが大昔の話をしても仕方ないですし、最近はmegademoの影響を受けたりもしてるのかな?

MADPVの定義はmasaminPよりも私のほうが若干広いような気がしますね。
この辺が鍵になってきそうな気がします。

ですので、ニコマスPVがAMV的なのかといえば、私にはそうは思えないのですよね。
確かに楽曲に合わせてダンスを切り貼りしていくわけですが、その目的が楽曲を引き立てるためだけなのか?と言うことです。
ダンスシンクロによって楽曲の輝きを引き出すことによって、画面上のアイドルがそれを超越した輝きを発していく様を我々は何度も目の当たりにしているのです。
「2.5次元の奇跡」とはそういうことではないかと私は考えます。
そして作り手の側も、アイドルを魅せるためのシンクロという意識なのではないかと。
よって、登場するアイドルのプロモーションの側面が強く、楽曲のプロモーションとは言いがたい。
結果論としてニコニコ市場でポチる事は多々あるでしょうが。

そういった視点のずれを抱えつつも本題に。

1) その試みは成功していると見れるか、失敗していると見れるか、
ネタがわかれば成功と言うことならば、成功と言えるのではないでしょうか。
全てを初見で理解したわけではありませんが。

2) そもそも、その方法論はイケてる方法なのか、それともイケてない方法なのか、
私にとっては効果的とはいえないようです。当たれば大きいと思うのですが。

3) そしてそのどちらであるにしても、それはなぜなのか。
私が、明快で一貫したコンセプトを持った作品を好むからでしょう。
今作のように各種取り揃えた幅の広い仕込が琴線に触れるかどうかは、特に偶然の要素が強いと思われます。
偶然をどう必然に繋げるかがポイントになるのだと思います。

我ながら物の見方が偏ってるなあwwwPV系以外見ないからなあwww
架空戦記・ノベマスは全く見ませんし、コミュ改変系もあんまり見ないです。
つくづく自分の偏屈さを再確認ですね。
偏狭にならなきゃいいのかなと思って諦めてますが。


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